2012年8月10日金曜日

無題。

昨日は、じいちゃんが気絶し、起きて喉が渇き、色んな物が混じった川の水を飲み、生き残った日か・・・。
生き残ってる自分にとって、この日は、祈りの日や悲劇の日なんかではなく、国家廃絶/その後の世界を見たいと欲望する日であります。
fight war,not wars!!!!!
そんな中、テレビの中では、「打倒中国」の声がこだましている。

さて<筑豊>と呼ばれている地域に住んで、1年が経ちました。長﨑とも博多の方とも違う空気を感じます。
筑豊、長崎・・・なにか日本の近代を表す呼び名かもしれません。
ボタ山と呼ばれてるものを初めて見た時は、感慨深いものがありました。
こっちに来てすぐの頃、家の周りで土いじりをTKさんとしていたら、<黒ダイヤ>のカスが出てきた時は、ビックリしました。

最近の自分の体調は、上向きです。昨日、いつもの病院に行ったら、「後は皮膚が柔わらくなるだけ」と言われました。起きて背伸びが出来るのも嬉しいです。今まで身体を伸ばすと身体が切れるようなピリピリ感があったので・・・。
先日、TKさんの見舞いに姐さんと行き、久しぶりに3人で真剣な話が出来た悦びが体調にもいい影響を与えているのかもしれません。
まだ終われない・・・。

最近、読んで良かった本は、
・辺見庸さん「瓦礫の中から言葉を~わたしの死者へ~」
・中野敏男さん「詩歌と戦争~白秋と民衆、総力戦への道」
・吉本隆明さん「情況への発言~全集成1.1962-1975」

最近、よく聞いてるのはBUCKTICKの<エリーゼのために>を特に。
解り合ったり 分かち合ったりしてるけど やさしかったりするけど 君がホントに欲しいのはソレじゃないんだ」という箇所の歌詞にドキっとしました。

自明の言葉や、道徳的な言葉にはホントにうんざりします。

今日は、特に(!!)まとまりない記事になりました・・・。

最近、GOTCHAメンバー3人が単純にビックリして嬉しかった事は、マレーシアパンクスのRさんが、こんなTシャツを作ってくれて送ってくれた事です。
それでは、また。(gotcha1977)











2012年6月7日木曜日

DEAR 「US」

みなさん、こんばんは。
前回の投稿から、早くも約3カ月も経ちました。

体調の方は、医者から「卒業は見えてるよ」と言われているので、後少しかな~と。
まだ皮膚のピリピリ感や所々ドス黒くなっていますが、完治に向かっているのが自分でも分かります。春先くらいまでは、起きてから1時間くらい皮膚のピリピリ感でうずくまっていたのですが、それも無くなってきました。
まず何よりも下着が血だらけというのがないのが嬉しいです。酷い時は、多分寝てる時にかきむしり起きると色んな所に血が・・・。
耳も酷かった。耳の外側はかさぶたで、耳の内側からは汁がポトポトみたいな。
だから枕カバーも凄い事になっていました・・・。
だから「卒業・・・」と言われた時は、ホントに嬉しかったです。

ある友人に「アトピー日記」すれば良かったのに!と言われましたが、今思うとすれば良かったかな~と思うけど、その時は余裕なかったです。
酷い時は、訳わからない事を一人でブツブツ言っていたみたいで、彼女によく「しっかりして!!」と言われました・・・。これは、いつもか・・・。

 来月は、楽しみな事があるので気を抜かずに体調を整えていこうかな~と。

今日の本題に。


 
ついにリリースされました。誘って頂いたA-cclaim collectiveにはホントに感謝しています。A-cclaimの声明もブックレットに掲載されているので、3 way splitという感じです。
GOTCHAは、「DEAR US」・「WE SHOW THEM US」という2曲を収録させて頂きました。

以下に書くことは、早くも今回の反省と今後、表現する事において何を追及したいか!?という事です。特に歌詞の面において。勿論、今回もその時は妥協なく創った訳でありますが。

PROTESTERAとのスプリットレコードから、「WE」「OUR」「US」「OURSELVES」という事に拘った訳でありますが、
その内実を自分(達)自身の中から捉えられていないのではないか!?と。
また表層的な政治づらした表現に終始しているのではないか!?と。
青いものに留まっているのではないか!?と。
そういう感性は、まさしく天皇制に象徴される日本的な共同幻想に吸収される感性と似ていないか!?と。
常に死をはらんでいるこの共同幻想の元における日常に拮抗できるものをもっと自分(達)自身の中から表現しなければ。
そしてポリティカルというもの、WEというものの重さにもっと拮抗しなければ。

それっぽい言葉でもなく、解りやすい言葉でもなく、代弁するような言葉でもなく、理解者に向けての言葉でもなく、あらゆる重さに拮抗できる言葉を自分(達)自身の中から絞り出さなければならないと思っています。
絞り出してこそ、何かに出会えるのだと思います。

(もっとちゃんとそれこそ絞り出して今ここで書くべきなんでしょうが)短いですが、上記のような事を最近よく自分に問うています。

それでは、また。 (gotcha1977)

2012年3月20日火曜日

伝達不可能な領海を泳ぎ渡る快感を共有したい。(森崎和江さん)

みなさん、お久しぶりです。
約1年ぶりの更新です。

一昨年の年末から、バンドではなく個人的に色々とありました。

まず、色んな事情(自分がそうしたかったから)により福岡に戻りました。
福岡→長﨑→福岡という事が半年の間にあり、新居にも落ち着いた昨年の9月中旬から現在までアトピー性皮膚炎のために自宅療養をしております。

元々軽度の(医者の判断によると)アトピーだったのですが、色んな要因で気になるほどに症状が出てきたので薬を塗りたくる治療!?ではなく、根本から改善しようと思い、そういう病院に通い始め、ステロイド薬の離脱状況が始まったのが9月中旬。
ある程度の覚悟はしていたのですが、始めの何か月間は、痒みと痛み(今もありますが)が一日中襲い、
ホント(体験者の方がブログに書いてたように)生き地獄みたいでした。
正常になろうとする皮膚の増殖も始まり、尋常ではない皮膚の量がポロポロ落ちました。痛みと痒みで起き上がる事も出来ない日々もありました。顔もひどくて、顔の形が変わるくらいになり、目の周りはかさぶたなどで目を開けるのも痛かったです。身体もまるでクラストパンツみたいでした・・・。
医者からは、冷えとりと薬からの離脱状況に耐えなさい!!と言われましたが、途中ホント気がおかしくなりそうになりました。
彼女に「楽にしてくれ!!」と言ってしまった事もありました・・・。
「バンドとかどうするんね!?」の一言で、なんとか耐える事が出来ました。

今は、完治までもう少しの所までやっときました。長かった~。長い!!。

励ましてくれたりとか色々、なんと言葉にしていいか分からないですが、友人たちにはホントに感謝しております。
なんとか耐える事が出来たのもあなた方のおかげです。
酌み交わしたいお酒が溜まっているので、楽しみにしています。
この療養中、考えていた事は、森崎和江さんの言葉を借りれば、(もっと真剣に)「お互いに生きていることを意識しあえる間柄にさせてください。」ということかな。

ストップしているバンドも次のステージに向けて準備したい。
TKさんに駄目だしされたい・・・。合宿したい。

今日のタイトルにいきます。
森崎和江さんの本との出会いは、元々Oさんの影響で読んだ谷川雁さんの「原点が存在する」から始まります。昨年の春頃、本屋で見かけて購入した「サークル村の磁場」という本に谷川さん・上野英信さんと並んで紹介されていて、直接に著書を読みたいと思いました。
ステロイドの離脱状況が本格化する前まで、「非所有の所有~性と階級覚え書」・「ははのくにとの幻想婚」・「異族の原基」という3つの本に夢中になりました。

読んでいて、1つ1つの言葉に問い詰められている感じがして、息をつけないというか、息をついたら駄目だという感覚になります。
1ページを読むのに、かなりの時間がかかる箇所が多々ありました。
なぜなら自分に問う事が多すぎるから。自分の浅はかさが多すぎるから。
自分を壊される感覚。それを余儀なくさせられる感覚。燃える感覚ではなく、緊張させられる感覚。

今、一番自分に問うている事は、以下の言葉です。
私が行なえることは、私の方法論を圧縮し続けることで、わが存在の辺境をことばにして提出することである。そしてそのことで、私の対極から固有の声を聞くことだ。その相互性ぬきに、私たち民衆の、内発的な共闘関係はありえない。(生のはじまり・死のおわり)より」

自分の辺境とは何か!?自分は、それを見ようとしているのか!?それを突き詰めようとしているのか!?ただ表層的な言葉、身振り、好みに終始しているだけではないのか!?自分は、たたかいというものをホントに必要としているのか!?
もっと見なければ。もっとえぐらなければ。自分の底には何があるのか!?を。そこに降りなければ。
そこから逃げてはだめだ。そこに拘る事こそが、何か普遍的な事を自分自身によって創造する事ではないかと。

他にも色々と考えさせらる事が、3つの本にはつまっています。
「日本人性」というもの。「言葉」というもの。「関係性」というもの。etc

またたたかい方について、今、一番自分の頭にある言葉は、以下の言葉です。
私は実存感覚の稀薄な階層が、日本帝国主義を重層的にしゃべることで自己と世界の接点を探り出す方法を否定しない。けれどもその方法は第一階段であって、そこから自己否定へふみ出し彼固有の歴史性(そしてそこに流れている彼ら階層の特殊性)をのりこえる方法を創造することをのぞんでいる。社会の認識と存在の認識とが噛み合うとき、ようやく私たち民衆個々人へ浸透している日本帝国主義は破れはじめる。また民衆個々人を媒体として構築されている支配権の具体性に穴があきはじめる。(言葉・この欠落)より」


最近、よく聞いてるのは以下のような音楽です。
・godspeed you!!black emperor :lift your skinny like antennas to heaven ・slow riot

・CHUMBAWAMBA:90年代のアルバム全部

・THE POP GROUP :1st、2ndアルバム

・MARK STEWART :1st、2nd、edit、children of the revolution/nothing is sacred


・KILLING JOKE :pandemonium・democracy

・Missing Foundation :your house is mine・ignore the white culuture

・Shades of grey :freedom/incarceration

・PROTESTERA :01.05.1886

・環ROY :あっちとこっち
(public enemy以外でちゃんとヒップホップとか聞いた事なかったんですが、タイトルにひかれて。言葉というものを凄く大切にしていると思いました。断絶がある<と>。固着しない<と>。無限の可能性があるかもしれない<と>。)

MARKさんとCRASSのEVEさんのツインボーカルが、なんともたまりません!!
ニューアルバムも出るみたいです。


それでは、また。あと少し気を抜かずに養生します。
(gotcha1977)

2011年4月22日金曜日

紹介。

自分にとって(も)影響を受けすぎた本が再出版されたようです!!!!!
http://saluton.asablo.jp/blog/2011/04/16/5808564

(gotcha1977)

2011年4月18日月曜日

無題。

「暴力」にまみえた<毎日>・<生活>。
見えない生/死、見ない生/死は、今までもありすぎた。
さも今、気づいたように。

今日も自分は、ただの「日帝(<内>も勿論含めて)本国人」。
(gotcha1977)

2011年3月3日木曜日

私たちのすぐ目の前に恥辱があるのです(ドゥルーズさん)。

みなさん、お久しぶりです。
最近の自分の想いです。

原爆、皇帝パレード、領土、国家、自由貿易、選挙、スペクタクル、えとせとら、あーえとせとら。

平和と戦争、自由と監禁は一直線上に。

今日のタイトルにも掲載させて頂きましたが、最近はドゥルーズさんの「記号と事件(河出文庫)」・「スピノザ、実践の哲学(平凡社ライブラリー)」という二つの本を読み返してます。

その二つの本の中で「可能的なものを求めよう、そうでなければ窒息してしまう」と改めて思わされる言葉があります。

「私たちは生きていない。生を送ってはいてもそれはかたちだけで、死をまぬがれることばかり考えている。生をあげて私たちは、死を礼讃しているにすぎない(スピノザ、実践の哲学より)」

「ひそかに何かをする人たちがいるのかどうか、私もひそかに自分の仕事をしているのかどうか、そしてそこには出会いがあるのかどうか、偶然は、偶発的な事件はおこりうるのかどうか、ということだ。だから同調したり、付和雷同したりするような、ひとりひとりの人間が他人に良心の呵責をおぼえさせ、他人を矯正する立場に立たされるような、そんな糞のような状況はどうでもいいんだ。私は君たちに何の借りもないし、君たちも私に借りがあるわけではない。私が君たちのゲットーに出向く道理は見当たらない。何しろ私には私専用のゲットーがあるから。問題は特定の排他的集団の性質には関係なくて、特定のものが産み出す効果を、他の手段によって産み出すことができる、そんな横断的関係にかかわっているんだ。(記号と事件より)」

それにしても「世界の存在を信じる」ために、PROTESTERAとFROM THE DEPTHS/NEXT VICTIMの作品と言う名の武器を手にするのを楽しみにしてます、同志よ。
    
「世界の存在を信じることが、実は私たちに一番欠けていることです。私たちは完全に世界を見失ってしまった。世界を奪われてしまった。世界の存在を信じるとは、小さなものでもいいから、とにかく管理の手を逃れる<事件>を引き起こしたり、あるいは面積や体積が小さくても構わないから、とにかく新しい時空間を発生させたりすることでもある。(記号と事件より)」

それでは、また!!
(gotcha1977)

2011年1月1日土曜日

お久しぶりです。

引越しして、一時が経ちました。
引越しの荷物が多くて、整理するのが大変でした。
まぁここも一時だけになるけど・・・。というかそうしたい・・・(笑)。

荷物と言ってもレコードと黒い本とか帽子とかなんですが。
特に帽子は、形が崩れると嫌だなと細かい事を気にしてたんですが、大丈夫でした・・・(笑)。

それにしてもまだまだ終われないですね(笑)。
引越し前にTKさんと楽器屋さんに行って改めて思いました。
それにしてもパソコンでドラムとかを打ち込み出来る機材って凄いですね(笑)。
今すぐ購入出来る訳ではないので、無料DVDサンプルだけ貰って帰りましたが・・・(笑)。
Rちゃん、今度教えてね(笑)!!

それにしても色んな事で「福岡ホームシック」になってます。
大切な「あなた達」がいる所に帰りたい!!と毎日思います(笑)。
生まれたからと言って、ここに地元意識とか全然ないし・・・。
また自分、そういうもはあんまり好きではないですし・・・。

ホームシックとか帰りたい!!とか書きましたが、これは(笑)ではなくホントです(笑)。
最近、自分の愚痴を受け止めてくれる方々には「またか!?」と思われるかもしれませんが・・・。

今日のブログも、相変わらず(笑)が多くなりました(笑)。

改めて思うのは、URBAN HEAD RAWの言葉を借りれば、「この両手だけは離してたまるか!!」だけですね。
浸る訳ではなく、ホントに。
ただ自分の<普通>を貫きたく思います。
可視・不可視を超えて<仲間>と交わり合う普通というものを。

最近、アナキスト和田久太郎さんの影響からか、辞書でたまたま見つけた<ripple>と言う言葉が好きです。
パンク同志の言葉を借りれば、「しつこい叛乱」をしたいために(誰のためでもなく)、rippleを感じたいために、そういう<歌>が歌いたい。
歌は、一人では歌えないし一人で歌えるような歌は歌いたくもない。
歌いたい。自分とあなたが一瞬でも重なり合う瞬間を。真剣に重なり合う瞬間を。

それにしても和田さんの言葉(「獄窓から」と言う著書)に触れると、超越的な立場からではなく、粘り強くしつこく!!と思わされます。
和田さんは、あるアナキストの方にこんな言葉を獄中から送ってます、
どうかあせらずに、落ち着いて、根強く、しっかり運動してくれ」と。
何もしてないくせに焦る自分への戒めのような言葉です。

それにしても和田さんの言葉が、クルのは、ただ和田さんからの影響ではなく、こんな自分に<同行>してくれる仲間達がいてくれるからでしょうね。
自分は、ホントただそう思います。
(gotcha1977)