2009年11月12日木曜日

階級政治ー打倒しろ(VOCO PROTESTA)

今日は、オノレの「奴隷根性」をご一緒にお祝いしましょうの日ですね・・・。
「侍」がどうのこのとか言う若者!?に人気のグループが「お歌」を献上しながら、オノレ自身が加担しながら「征服の事実」は今も・・・。

みなさん、どうもお久しぶりです。GOTCHAの雑談担当のgotcha1977です。
そのくせ、担当をさぼってました。
更新してなくても色んな事を少しづつ進めてますので(笑)。
今後予定してる、色んな方々から話を頂いてる「協働作業」に燃えてます、と言うかどうやったら真に協働というモノに出来るか!?を考えてます。

でも一方で、他者との関係性のあり方に正直になれない自分の弱さを思い知らされてるのも事実で、あ~あという感情が身体中を廻ってます。
それは、自分が他者に感じさせてる事でもありますね・・・。
「仲間」だとか「関係性の変革」だとか口先だけじゃないか!?、オノレよ!?みたいに思います。
ホント「問題」は、高橋和巳さんの言葉「問題は他者ではない。私自身である。私自身は、一体どうだったか」ですね。
だからと言って、シニシズム!?とやらニヒリズム!?とやらに陥ってません(笑)。
その逆です。だからこそ!!と思ってます。
それにそんなもんに陥るほど、自分は他者とまだまだ「力の結合」をした訳でもないですしね。

また上記に書いた事は、別に浸ってるとかいい人ぶってるわけでありません。
一見、いい人とか物分りいい人とか何でもありの人ほど、この今の状況への「共犯者」はいないと思うからです。共犯者のオノレが言うことではありませんが・・・。

話変わりますが、結構前になりますが、二泊三日でメンバーで山口に滞在しました。
駄目出しの嵐か!?と思ったんですが、そうでもなかったです・・・(笑)。
滞在先の近くに中原中也記念館があり、3人で行きました。
自分は、それまで中原さんの詩で読んだ事があったのは、松下竜一さんが書かれた「狼煙を見よ~東アジア反日武装戦線・狼部隊」という本の中にあった、
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる
汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の皮袋

という詩だけです。

3人ともじっくり時間かけて館を回ったのですが、言いたい想いは、なんとな~く解ったんですが、自分達の感性では深くまでは解らず、3人ともぽか~ンとして館を後にしました・・・。
でも中原さんの帽子と黒いマント姿は格好いいな~と素直に思いました(笑)。
帽子とそういうスタイルが好きなんで(笑)。黒いワンピースとか好きです(笑)。
帽子と眼鏡以外、ほとんどの服はパートナーのお下がりです(笑)。どうでもいい事を書きましたね、すみません(笑)。

そんな今日の音楽というか最近は、ホント毎日この音源を繰り返し聴いてます。
また早く再会したいですし、また早く生で体感したいと日々思ってるVOCO PROTESTAの新作アルバム「自由への道」です。

次回、再会した日は、人見知りせずに(笑)「アナーコパンクとは何か!?」とか「反権力とは何か!?」を少しでも突っ込んで話したいな~と歌詞カードを読みながら思ってます、若輩者ですが・・・。
「パンクス」として「現実と現実を繋ぐ」ために「共有」したいからです。
またこの音源をパンクスにとって「武器」にするために、埴谷雄高さんの言葉を借りれば「精神的鼓舞の持続と、技術から理論にいたるまでの新しい広範な発展の組み合わせ」にしたいからです。

このアルバム収録の曲名・歌詞から思う事は、(「」内の言葉は曲名です)「階級政治」「戦争屋」がもたらす「貧困」「暗黒の帳」「矛盾の隠蔽」という状況の中で、そういう状況を(簡単ではなく!!)「拒否」しながら、自分達は(自分達という内実を工作しながら)「俺たちはここにいる」と自警団的な社会に宣言しながら、いかに「相互扶助」「連帯」=「自由への道」を創れるのか!?、しかも日帝本国人が忘れる「隠された侵略」を自覚しながら・・・。という重い感じになるのも聴いていて事実です。突きつけられる!!想いがします。音は、自分が大好きなクラストコアなんで自然と燃えますが、今のオノレのあり方を思うと簡単に燃えるという言葉を吐いていいのか!?と思います。
こういう事を、次回の再会の時は、素直に話したいなぁ~と聴きながら思ってます(笑)。昨年の冬、S兄貴んちに一緒に泊まらせて頂いた日を懐かしく、いい夜だったと心から思ってます(笑)。

ちなみに今月の22日、(リスペクトする仲間の2人も参加する)東京ではこんな企画があるようです。
フリーターの敵は誰か~フリーター運動におけるアジア的抗争の可能性
http://www.linelabo.com/han/091122kantokutei.htm

2009年9月30日水曜日

一部は、GOTCHA一同より(笑)

みなさん、どうもお久しぶりです。
GOTCHA雑談担当のgotcha1977です。
たまには更新しないとメンバーに怒られるので更新します(笑)
今日も「いつもと」同じような事を<しつこく>記しますが、時間がある方々はどうぞお付き合い下さい。

もうじきしたら、パンク同志を始めパンク「仲間達」と創った作品がリリースされますので、どうぞ宜しくお願いします!!
詳しくはここを(笑)!!1.http://acclaimcollective.blogspot.com/2009/08/gotcha-rosapark-punks-against-g8-split.html

2.http://acclaimcollective.blogspot.com/2009/08/protestera-gotcha-split-10-acm006.html

世界のパンク「仲間達」に思わされ考えさせられた、(あくまで!!)現時点までの自分達の音と想いを詰め込んだつもりです。メンバー間での駄目出しは続いてますし、これからも続けていきたいと思ってます。多分、永久に貫徹なく続けていきます。

また「PUNKS AGAINST G8」に関連してなんて言葉ではなく、また<最近>という言葉でもなく、いつでもどこでもいる<ヤツラ>という意味で、G20金融サミット関連の以下のサイトを紹介します。
ここで自分が記するまでもなく、ご存知の方々も多いでしょうが。
http://indypgh.org/g20/#


色んなパンク仲間達の言葉から、最近の自分の感覚から、なんか色んな事を考えてたら、自分の<偏見>(埴谷さんではないけれど偏見と言う概念の変革は必要だと思うし、偏見と偏見が重なる事は可能か!?と。それからいつも引用するCRASSの言葉をアレンジすると、それがTHERE IS NO AUTHORITY BUT OURSELVESにつながるのではないか!?と。)があったりで、この仲間達の行動に簡単に燃えるという言葉は吐けませんし、簡単に吐くと逆にこの仲間達に失礼ではないか、ねぇオノレよ!?

偏見で言えば、例えば「内部」が凄く気になるんですよね(笑)
上記のサイトの中の映像で「Anarchists & Police Clash 9/24/09(http://indypgh.org/g20/#k-5b04b9bb24211dd7)」というものがありますが、その映像の中でAUS-ROTTENの曲が「使われてます」が、「パンクス」はこの行動にどう関ってるんだろうか!?とか。「パンクが使われる(深い意味を込めて。)」のに単純に(内部の事も知らず)外野が燃えるという言葉を吐くのは違うんじゃないの!?みたいな話というか、(この事に限らず)そういう事を最近パンク同志と話しましたが(笑)


と言いながら、「パンクス(になりたい!!)」としての自分としては、<ヤツラ>の死の会議(征服の事実を証明する)の一つ(あくまで!!)の場所が、ピッツバーグだったからでしょうか!?AUS-ROTTENの曲が使われたのは、凄く興奮し鼓舞される事も事実です(笑)基本、単純なんで(笑)
ちなみに使われてるAUS-ROTTENの曲は、1993年にリリースされた1st ep収録の「NO CHANGE,NO FUTURE,WE'RE LOST」というものです。

残念ながら(オノレ自身が加担しているくせにですが!!)、今の状況にも通じる歌詞です。今こそか!?
<ヤツラ>が、至るトコでchangeとか胸糞悪い言葉を吐きまくってるから・・・。
ヤツラの<顔>がいくら代わろうが、根源は変わらないまま・・・。
アナキスト岩佐作太郎さんの言葉を借りれば、「病原をきわめないで」か!?と、オノレよ!? <反以上の叛>とは何か!?を改めて自分に突きつける曲です!!

***話変わり、今日のタイトルに関してですが。***
先日、「今後のGOTCHA」について改めて真剣に話し合いました。
有難い事で、ホント嬉しい事ですが、周りの方々にGOTCHA一同として嬉しいお誘いを頂いたりしてますので、それも含めて話し合いました。
今、自分達の中では、このブログのタイトルでもあるGOTCHAのスローガンから(スローガンではなく)、<敵>を見間違わずに、<現実と現実を繋げられる>ような音と想いとは何か!?と。少しでも互いに正直な(これこそが難しいですね!!)「会話」が生まれるきっかけになれる音と想い、自分達が「あなた」と出会えるような音と想いを!!と思ってます。<バンド>やってるからという上から目線ではなく、一方的に想いを伝えたいとかではなく、ただ正直に話せない事を共有したい!!という想いですので、誤解なきように(笑)。

<メンバー>と言う漠然とした概念ではなく、それぞれの音と想いから、BY OURSELVESへの過程は長いものだろうと思いますが、挑戦したいな~と思ってます。
その挑戦に、まずは「内部」で何度も何度もしつこいくらいに素直に言い合いながら、確認し合いながら。

ちなみにその話し合い後、自分と姐さんに「ジャイアン!!」と呼ばれる事に納得いかないTKさんは、ジャイアンじゃない証明をしたいために「カラオケ行く!」と言い出し、行きました(笑)。
これまた彼と何年ぶりかのカラオケでしたが、スタジオ以上のジャイアンぶりでした・・・やっぱり。
コーラスもさせませんので、ギターに集中して下さい!!

そんな彼ですが、自分と姐さんが歌い終わる度に、「あそこはこう歌え!!」とか駄目出しがあり、「ここ、スタジオですか!?」と思いました、ねぇ姐さん(笑)!?
しかも腕組みしながら、聞いてるんですから・・・。
ちなみに覚えてる駄目出しは、「お前は、ホント高音が伸びない」とか「お前の歌い方は単調で面白くない」とかです・・・。
まぁ最後は、3人で仲良くTK(イニシャルが全く同じ!!・笑)の曲を大合唱して締めました(笑)。

そして、だからと言う訳でもないですが、今さらですが、こんな本を買い、日々読んでます。

本のタイトルがタイトルなんで、レジに持って行くのが恥ずかしかったです・・・。
店員さんも「クスっ」としたような気がしました(笑)
パートナーに見せたら、「あんた、今さらですか!?」といつものように冷たく言われました・・・。

そんな今日の音楽は、下記のsplit epを中心に!!

大阪のFRAMTIDとオランダのSEEIN RED!!
内容は、もう言わずもがなですね。曲も歌詞も燃えます、やっぱり!!

TKさんは、最近会う度にFRAMTIDのtシャツなんですが、最近近くの商店街を歩いてたら、(あくまで!自分は、と言う意味です。)見かけた事ない方がFRAMTIDのtシャツ着ていているのを見かけました。
「パンクス」ではない方々には、たかだかtシャツ着ていただけではないか!?と思うかもしれませんが、なかなか自分が住んでるトコでは単に着ているだけの方は見かけないので、「おぉ~」と思うんです!!
姐さんに話したら、「話しかけなぁ~」と言われました。姐さんもよくご存知の通り、すご~く人見知りする自分には無理です(笑)でも凄く心残りです・・・。

来月の28日、水曜ですが、FRAMTIDは、オーストラリアのPISSCHRISTと小倉に来るみたいですね!!!!!
詳しくは、ここをhttp://punkschizo.jugem.cc/?eid=961!!(自分が、ここで記するまでもなく)。

WE MUST IMPART!!!!!!!!!!

2009年9月10日木曜日

「現実」のハイジャックは至るトコに・・・。クソ!!


(「一日だけの主権者になることが絶えざる主権者とならないことへの免罪符となる」埴谷雄高さん)

どうもgotcha1977です。今日も色々と自分自身に「あ~あ」という事があり、眠れずに。別に浸ってる訳ではありませんが・・・(笑)。

今日のタイトルですが、前回の雑談記事のタイトルの追記的になりますが、自分にとって「現実とは何か!?」、「生・力(のアレンジメント)とは何か!?」を考えてしまいますね。上記のアートワークが表してる通りに。
上記のアートワークを説明する言葉を(前回の雑談記事タイトルのCrimethincの声明文の中で自分が一番、グッとくるトコロ)以下に、
「私たちの相手は私たちの努力を妨害し、私たち自身の目的のためのこの問題を不明瞭にする連中であり、政治家とテロリストに同様の正当化を用意し、不正義の修復のために作用する公正なものの中に場所を作るより、むしろ恐怖や戦争によっておおい隠された受動的な観客の世界を支配したい連中だろう。」
「私たち」の内実を工作しながら、「連中」というものをはっきりさせたい!!

<当たり前>(とは何か!?を留まらず問い続ける問題は常にありますが。<われわれ>という未知の内実の言葉を吐くために、吐きたいために!!)の事を書きますが、<国民>の権利と義務とか言うクソたちの<国家>なんかクソくらえ!!です。
「征服の事実」は続く・・・オノレ自身が加担しながら・・・。
ゼロ・トレランス(非寛容)は、ますます・・・。排除は、ますます・・・。
連中が言う<愛>とやらには、連中同士がする<握手>には、死臭がする・・・。
連中自体ではなく、連中と言う存在を無化したい!!
無化への過程を創る中で、連中に対して<i don’t care>という御目出度い態度ではなく。

そんな事を思いながら、読み返したくなる言葉を以下に紹介します(もうすでにご存知の方々も多いでしょうが)。
金子文子さん(http://members2.jcom.home.ne.jp/anarchism/index3.html)の文章に「私自身の仕事へ」というのがありますが、いつも連中を見る度に「クソ~」と思いながら思い出します、
たとえ私達が社会に理想を持てないとしても、私達自身には私達自身の仕事というものがあり得ると考えたことだ。」

征服の事実の上に築かれ続けてる連中の社会というものに、自分は他者と私達自身というものをどう築けるのか!?と・・・。真に(例え一瞬でも)私達という言葉を吐けるのか!?と・・・。

また以前に頂いた、アナキスト杉藤二郎さんが書かれた「筑豊の黒旗」という本の中で以下のような言葉があります、
政権の存する限り我々の闘争は不断につづけれるだろう。」

我々とは何か!?仲間とは何か!?、連中も(こそ)使いたがる言葉「我々」(仲間でもいいが)とは<明確>に区別する言葉をはっきり打ち出すことが<われわれ>には出来るのか!?が今(も!!)問われてる(偉そうに若輩者の自分が言うのもなんですが)。
パンク同志の言葉を借りれば、「現実と現実を繋ぐ」とは何か!?・・・。

いつもように、何が言いたいかよく分からない雑談になりましたが、連中という存在を見る度に、以下の水田ふうさんの「あ~あ、<選挙>」という文章が自分を問い詰めるのです。そして「われわれ」とは何か!?を真に今ここで自分に問いたいのです。「共に」とか簡単に吐いてるかもしれない自分自身に。
水田ふうさん(いつも何かとありがとうございます!!)・「あ~あ、<選挙>http://www.ne.jp/asahi/anarchy/saluton/archive/nro3_3.htm!!!!!!」


そんな今日の夜もnagafとfrom the depths(を始めとする)「パンク」スプリットcdです。

from the depthsの<最後の伝達>という曲で「They will kill us in the streets.We will stand together」という歌詞がありますが、自分はこの「パンクス」たちと真に<us,we,together>と呼び合える事が出来るのか!?と聴きながら思っています。
前回の記事にも色々書きましたが、自分の雑談を気にせずに、このパンクスプリットcdは、パンクス以外の方々にも是非!是非!!是非!!!聴いて歌詞を読んで頂きたいです!!!!!

そして!!!!!リンク(dear us)のトコに、大阪の「自由労働者連合(FWF)」を追加させて頂きました!!Kさんを始め、どうもありがとうございます!!!!!

2009年9月2日水曜日

テロリズムなんか気にするな:現実のハイジャック(Crimethinc)

みなさん、お久しぶりです。
GOTCHA雑談担当のgotcha1977です。

今日は、「本題」からいきます!!
ホントに手に取り、曲を聴いて歌詞を読める日を楽しみにしていた(バンドと言うものだけに留まらない、当たり前ですが)つい先日リリースされた「パンク」split cdのこれです!!
コロンビアの「ポリティカル」パンクnagaf、アメリカの「ポリティカル」パンクfrom the depths!!

A-cclaimが参加してリリースされた音源だから、言う訳ではありませんから!!悪しからず(笑)

何々~だからと言う訳ではなく、先日、Uから始まるバンド(笑)のS兄貴、Cから始まるバンド(笑)のRちゃんとゆっくり(と言うかかなりですが・笑)3人で飲んだんですが、その飲みの席でも「身内とは!?仲間とは!?」みたいな話にもなりましたが、身内とは、仲間とは<関係性>ですよね、身内だから何々~とかではなく、仲間だから何々~とかでもなく、それは<前提>という幻想ではなく、アガンベンさんの言葉を借りれば、「前提不可能性の交流の可能性」をいかに創れるか!?が常に(例え一瞬であっても)問われてる訳であって、その創造の中だけにこそ、身内は生まれ、仲間だ!!と言い合える想いは生まれると思います。
自分は、先日のお二人との会話から、パンク同志を始めパンク仲間達から、そういう事を学んできました。
だからこそ一発逆転とか(自分からしたら簡単に吐かれてると思う、溢れすぎてる)革命とかではなく、パンクは永久に貫徹しない「しつこい叛乱」を呼びかけてるんだと思います。
こういう風に書くと、「お前は、ただパンク最高!!と言ってるだけじゃないか!?」と捉えられる方々もいるかもしれませんが・・・。
それにしても先日のその<夜>は、いい時間をお二人には過ごさせて頂きました!!朝方帰宅した時に吐きましたが・・・(苦笑)

上記の意味で、パンク同志がリリースする<武器>は、いつも鼓舞されます。
だからと言って、なぁなぁにしてるつもりではありません、ねぇ同志よ(笑)!?
<武器>を武器にするために、いつも「これは、どう言う意味だと思う!?」という相互批判を楽しみにしてます。

**前置きが長くなりましたが、この音源と言う武器に思わされた自分の想いを以下に素直に書かせて頂きます**

この両バンドやリリースしたレーベル、この両バンドメンバーが以前していたバンドには自分は凄く影響を受けてます。
例えば、from the depthsのメンバーが以前していたバンドrequiemのアルバムは、アメリカのアナキストコレクティブCrimethinc(http://www.crimethinc.com/)からリリースされてました。
またA-cclaimが翻訳してくれてるこのコレクティブの声明文などは、ここに(http://acclaim.nomasters.com/ideas/index.html)!!もうすでに読んだ事ある方も多々いますでしょうが、まだの方々は是非ご一読下さい!!
またnagafのメンバーが以前していたバンドreaccion propiaの歌詞は、ホント<しつこい叛乱>、<生の奪還>とは何か!?を歌い、<反以上の叛>とは何か!?を考えさせられる「ポリティカル」な歌詞でした。
そういう事を踏まえた上でと言うか、nagafではより<直接>的な歌詞になってます。
直接的なを表す歌詞は、例えば以下です、
「endlessly war/the states murder/control over life/we rise our arms united/counter cultures resist!!!!!」
そして曲もseなどを多用していたりして、自分は燃えます。

from the depthsの方は、曲の展開(練り方というかうまい、うますぎ!!・笑)やボーカルの歌い方も好きです(笑)と言うかまたTKさんに<駄目出し>されそうです、ねぇ姐さん(笑)!?

そしてやっぱ歌詞が、ホント自分をえぐります。
このバンドも<ヤツラ>への意識を当然のように持ちつつ、<敵>を間違わずに、「Murderers」と言う曲で歌ってるように<共犯者>としてのオノレ自身へのオトシマエを!!を呼びかけてます。<われわれ>になるために!!

「Let the black flag fly」という曲は、曲自体もいいですが、歌詞がrequiemのアルバムタイトル「天国を襲撃しろ、地獄を解き放て!!」を思わせる曲と歌詞でホントに何度も何度も聴いてその想いを噛み締めたい名曲だと思います。
そう<われわれ>になるためにも、そうその地獄こそが<生の奪還>だと。
それは、以下の歌詞に表れてます、
「Let the black flag fly/Let them reap what they sow
(略)
 Teach our masters regret should they ever forget
Power comes from below.」


また<最後の伝達>と言う曲「Last transmission」では、アナーキー(自治)とは程遠い、生(力)狩りが至る所にある今、この曲の歌詞に「(広い意味での!!)決して終わらない戦争、決して始まらない革命」というのがありますが、そういう今に、その今の状況に自ら加担してる今!!今!!!に、それでも、このバンドは、
同志よ、仲間達よ、われわれはまだ(完全に)打ち負かされてはいない、監獄社会の中で(こそ)、闇の中で(こそ)闘おうではないか!!?(かなり意訳してますが)」と歌ってます。
アナキスト向井孝さんの言葉、「負けても負けても負けてしまわぬことにおいて生きていることあるいは抵抗行為である」を改めて思いました。
飲んで聴いたからではなく(笑)、あくまでしらふでホロっときました・・・。

最後に、「マラソン」というタイトルで、この簡単に逃れられない資本主義社会を表してる曲がありますが、互いに訳も分からず競争させられ、<分断支配という戦争>をしかけられた中で、以下の何とも言えない気持ちになる歌詞があります、
「We run and run(略)we'll meet again in nothingness」・・・。
アナーコパンクスNさんの言葉に次のような言葉がありますが、
軍産複合体の<平時=戦争>の秩序に緩慢に動員される日常が、我々の侵略された貧しい身体性の根幹をなす。この<戦争=経済>的な社会的経済的関係を揚棄できずにいることこそが、我々自身の戦争没入の証しですらある。」
そういう貧しい関係性での<出会い>ではなく、自分は他者とどういう出会いを築けるのか!?












2009年8月6日木曜日

夏の深夜の読書感想文、パート2。

こちらも段々暑くなってきました。どうもgotcha1977です。小学生の頃とか、夏はいつも白球を追いかける少年だった自分です・・・(笑)甲子園に行きたかったんです、憧れの高校のユニフォームを着て・・・。
それはさて置き。拙い、あまりにも拙すぎる読書感想文の第2弾です。添削どうぞ宜しくです~(笑)

最近は、高橋和巳さんの本に続いて、埴谷雄高さんの以下の本を読んでます。

以前に読んだ事があったんですが、今また再読したい気持ちになりました。

この本の中の多くの言葉が、凄く刺激的です。「死」・「革命」・「デモ」・「敵と味方」・「認識力(は味方のなかの味方)」・「自己革命」・「反議会主義」・「自立性(自律性)」・「永久革命」などなどですが、一貫して貫ぬいてるのは、「国家」と「権力関係」についてです。
その事に関する言葉が、自分自身がバネになっている状況(闇)の今この瞬間における自分の在り様をえぐります。
またそういうバネになることが、「闇(埴谷さんは無限の虚無と空虚が重なりあってる<灰色>という言葉を使ってます。フーコーさんならマクロ権力とミクロ権力という事でしょうか。)」が嫌なら、<逃走>すればいいと言うのではなく、あくまで「われわれになるために」、「現実と現実を繋ぐ」ために、あくまでその闇に留まり、挑戦し続ける事が出来るのか!?と。

われわれが或るものの発展のかたちを正確に見るとは、存在の巨大な灰色の領域に向いあって、部分を背後の全体のなかに置く大きな透視図のかたちとして見ることであって、もし問題を全体の透視図のなかに置いて見るのではなく、単に仲間のあいだの虚勢と誇示の使用のためだけにとどまるのであれば、このような問題のさらなる提出と追求も恐らくは全く無意味となってしまうだろう。人事の表面など気にせずに闇に閉ざされたものの核心のなかへひたすらはいりこむべき~~(註:ここには人物名がありますが、自分の名前に置き換え可能です)の決定的な自己革命を希求する。(闇の中の自己革命より)」

この文章からは、「仲間」内だけの自己満足の現実と現実を繋ぐではなく、現実と現実を繋ぐとは何か!?サークルAとは何か!?あらゆる所にある!!権力関係を無化するとは何か!?を考えさせられ、「アナーコパンクスです」と自分を呼称する事の意味を深く考えてしまいます。自分で自分自身に「お前、何がどうで、今何をしていて、アナーコパンクスを名乗るのか!?<免罪符>を求めてるだけではないか!?」と言った想いです・・・。近くの方々とさえ現実と現実も繋げてないのに、サークルAだ、アナーコパンクスだとか云々する事に自分自身で自分にイライラします。「サークルA!?アナーコパンクス!?笑わせんじゃねえぞ、お前!!」みたいな・・・。

「現実と現実を繋ぐ、自治の世界へ」とは、埴谷さんの言葉を借りれば「長い、長い、圧縮の期間を要すると思われる」です。その過程に必要な事は、「逆転力を秘めた階級的視野」といつでもどこでもある権力関係という蜘蛛の巣に絡めとられない「徹底した自発性」だと思います。
CRASSの言葉を借りれば、「there is no authority but yourself」を偽らずにいかに持続できる関係性を築く事が出来るのか、そしてその関係性からいかに「fight war,not wars」に出来るのか!?と。

there is~を埴谷さんの言葉で言えば、「偏見」「陰謀的思考」という事かもしれません(今の状況にも通じます)。1960年に書かれた「6月の革命なき革命」という文章にこういう記述があります。
この抵抗と連帯の時期にデモの一員としてここにあることは当然の任務というのは疑いない実感であったが、とてもデモなどしておられぬ、この容易ならぬ瞬間の真っ只中で精魂をつくして考えるべきことがまだうんとあるというのも、そのとき、私の内部に起こった強烈な実感なのであった。私がデモのなかよりデモの傍らを歩きながらなおぎりぎりと頭蓋をしぼって考える陰謀的空論家たらざるを得ないのは、一つには私の胸裡に謂わば古くから医しがたいこしつとなっている<偏見>があるからである。(略)この大衆行動の内部に育まれ成長しつつあるものをただ国会正常化のための支柱と見ることは私の<偏見>が許さないのである。」

<偏見>と<偏見>が重なる事は、可能か!?という事を試しみる事こそが大切だと思います。<分かり易い>言葉の羅列ではなく・・・。だからこそ、「長い、長い・・・」んだと思います。

それからよく<答えはない>という言葉を聞きますが、この本の中でも引用されていたバクーニンさんの言葉「国家とは、その本質上、国際的連帯の破壊を意味し、従って不断の戦争の原因となるものである。」という答えは堅持すべきです。国家に絡め取られている自分達という自覚から、どのような「闘い方」があるかには答えはないと思いますが。
埴谷さんの言葉を借りますと、「すべてが砂嵐のなかでの模索からの出発であり、果てもない砂の波の上を進みつづける試行錯誤の積み重ねにほかならないのである。」

またこの上記のバクーニンさんの言葉から、あらゆる権力関係を無化する闘い(力の再配置)、自分達自身の生を取り戻す闘い、自由を求める闘いとしての、「国家を拒否する永久革命」というアナキスト向井孝さんの言葉を改めて強く今日(ヒロシマの6日という意味ではなく、対面した事ない向井さんの日という意味です)に思い出しました!!

そんな今日の音楽は、久しぶりにこの二つです。
一つは、アメリカの3ピース(ガールズ)アナーコパンクHarum Scarumです。多くのパンクスが、このパンクスの想いには影響受けたと思いますが、自分達Gotchaも凄く影響受けたバンドです。

レビューは、以下のパンク同志のレビューをどうぞ(笑)!!自分で書けよ、という感じですが・・・。
是非、パンクス以外の方にも読んで頂きたいです!!!!!
http://acclaimcollective.blogspot.com/2009/07/this-weeks-recommendation-from-acclaim_13.html
自分の「歴史的規定性を自覚」した上で、さらにバクーニンさんの言葉を借りれば「他者の自由は、私をさらに自由にする」の試み、オトシマエをいかに出来るのか!?を考えさせれるパンクス達の曲の数々だと思います。

それともう一つの音楽は、ポーランドのアナーコパンクBIALA GORACZKAの3rdアルバムです。

この時期だからではない(前回の記事の中のナガサキでも触れましたが)、なぜならアナーコパンクスNさんの言葉を借りれば、「我々は巨大資本の側から分断支配という戦争を間断なく仕掛けられ、守勢に立たされてきたのである。」だし、「戦争は戦場にだけあるのではない。我々が日々依存しなければならない経済的諸関係そのものが一つの戦場である。」
「プロレタリアートに祖国なし」という意味で、このパンクス達の曲「NO WAR IN MY NAME」という曲・想いは凄く燃えます!!!!!no war,but class war!!!!!



***それから!!ポーランドだからというのではなく、「この地」に置いて!という意味で、大阪の「自由労働者連合(FWF)」は、自分がこういう言葉を吐くのはおこがましいですが、重要な提起をつねにしてると思います***。http://federaciodechifonproletoj.wordpress.com/
ちなみにポーランド云々については、以下の2つの記事を。
1.http://federaciodechifonproletoj.wordpress.com/2009/06/27/%e2%98%85rozbrat-dvd%e3%80%81%e5%87%ba%e8%8d%b7%ef%bc%81/

2.http://acclaimcollective.blogspot.com/2009/08/new-distro-items-83.html

2009年7月31日金曜日

カラオケ、「ノリ」、「オトシマエ」・・・(いつも以上の雑談・笑)

~これは雑談ではありません!!~
fufよりのお知らせです。

「8・4~週一上映会のお誘い」
http://fnfukuoka.jugem.jp/?eid=230
どうぞ宜しくお願いします!!!!!

******************(ここからgotcha1977の雑談です)*************
先日、パートナーと「カラオケ」なるものに行きました。
カラオケ、何年ぶりかと忘れるくらいです。
自分は、カラオケなるものが様々な理由で好きではありません!!
それなのに何で行ったか!?って、それは久しぶりにパートナーと呑んだ勢いです・・・(笑)
パートナーに「久しぶりに歌声を聞いてやってもいいよ!!」と上から目線で挑発されたからです。

普段は、いくら呑んでも勢いで行ったりはしません。
バイト先の方々などもそんな自分を解ってくれているので、無理に誘ったりしません。
「ノリ悪いな~」とかも言いません。
でもこの今の社会のあらゆる所で!!、この「ノリ」という物に<疑義>を挟むものなら、息苦しくさせられるでしょう。
いびつな!<和と差別>は至る所に。見えない<殺人>は至る所に。<ノリ悪いやつ>という暴力は至る所に。
ノリは恐い・・・・。
「何々人」を強く意識させようとするノリ。
「お前をもっといい商品にしろ」とさせるノリ。
気持ち悪い。疲れる。これが、これだけが、自分の<生>なのか!?
パンク同志が、「ミラダの強制排除とわれわれの憂鬱http://acclaimcollective.blogspot.com/2009/07/blog-post.html」の記事で<居場所>と書いてましたが、自分は<生>と読みました。
ノリが悪いと言われる憂鬱を、<生の奪還>にしたい、共に!!
憂鬱をバネに頑張ろうとするただの生き物に成り下がる事が、それに気づかない事が、自分自身にとって一番の<恐怖>です。
アガンベンさんの言葉を借りれば、「生の形式への生成」を放棄するただの生き物に成り下がる事が恐い。

そもそも<根源的な暴力>を忘れ、その上にノリという暴力を加える。
また自分自身が、そのノリのバネになってる状況・・・・。
また以前、パンク同志が「自分が今いる場所の問題を避ける限りネットワーク オブ フレンズはない!!」という提起をしましたが、今、改めてその事も関連づけて考えてます。
結局、海外のパンクスの問題には敏感を装いながら、燃えるという言葉を吐きながら、自分がいる場所の問題はどうしたんだ!?と。闘争という事、連帯という事を誤魔化してるんではないか!?と。
闘争と何か!?連帯とは何か!?
今も(いつも)厳しく問われてる。
なぜなら、「非常事態、例外状態が、常態」だから。

**話戻り**
久しぶりに自分の歌声を聞いたパートナーの感想は、
「あんた、もう少しなんよね。低音はいいけど、高音になるとちょっとね・・・」と。バンド内のように<駄目出し>が続きました・・・。
TKさんに前々から言われてるように、ボイトレ、声帯の本でも買おうかな~と。
ダミ声禁止になりましたから(笑)
ちなみにA-cclaimからリリースされる2作品を創る過程で、TKさんには歌い方指導を多々されたんですが、言いたい事は解ったんですが、ご自身の歌はジャイアン並でした、ねぇ姐さん(笑)!?本人にもはっきり言いましたが、ブログにこんなん書いたら、怒られそうです・・・(笑)

また2作品を創る過程云々とよく書きますが、当たり前ですが、自分達だけで創った曲達とか思ってません。
同志を始め、あらゆる「仲間」と一緒に創った曲達と思ってます。
だからこそ「われわれの世界で、われわれの生を奪還しようとする仲間達に敬意を!!」と歌詞カードに掲載させて頂きました。
こういう想いにさせてくれたのもパンクの<しつこい叛乱>に学んだ事です。

そんな今日の音楽は、久しぶりにというか、今でもよく歌詞カードを読みながらじっくり聴くアメリカの「ポリティカル」ハードコアパンクAUS-ROTTENの1996年にリリースされた1stアルバムTHE SYSTEM WORKS FOR THEMです。

リリースされた当初は、毎日聴いてました。辞書片手に。
「アメリカ帝国主義本国人たるオノレ自身へのオトシマエ」とは何か!?を歌ってたりしますが、自分は彼等に多大な影響を受け続けてますが、なら「日帝本国人たるオノレ自身へオトシマエ」をまずは考えないとなぁ~、オノレよ!!

ちなみにこのアルバムを聴く前に、そう考えるようになったのはCONFLICTのアルバムと「ナガサキ」という地にある岡まさはる平和資料館との出会いが大きいかもしれません。
http://www.d3.dion.ne.jp/~okakinen/setumei.html
亡くなった大好きな祖父の体験も大きいものですが、この資料館からは「ナガサキ」「日本」という意味の重さを感じました。

THE SYSTEM WORKS FOR THEM
お前はシステムがうまく働いていることの生き証人、奴等の思うがままにシステムが動いてることを具現する
。」

2009年7月23日木曜日

夏の深夜の読書感想文。

前にも書きましたが(雑談ですが・・・)、改めて約束通り書きます(誰に!?)。被る言葉も多々あります。拙な過ぎる言葉の羅列ですが。また雑談文責は、gotcha1977です。
また以前、当ブログでも転載した「7・20排外主義によく表現行動」ですが、以下の記事をお読み下さい。
http://720action.blog85.fc2.com/blog-entry-12.html

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最近は、アナキズム誌で名前を見かけ、この方の引用文を読んで、前々から読んでみたいな~と思っていた高橋和巳さんの以下の本を中心に読んでます。

<知識>を増やすとかではなく、今!を「仲間」(可視、不可視を超えて)と共に生きたい!!と想うオノレ自身の在り方に何か鼓舞するものがあれば、発展的な自省があればという想いからです。
それこそ高橋和巳さんの言葉を借りれば、「行為のない思念はしばしば腐敗するが、思念のない実践もしばしば荒廃する」です。

本の中の数々の言葉・想いに、今の自分の在り方・他者との関係性を自省する感じになりました。
読んでいて、ただ単に状況に対する絶望感だけでなく、もっと深く<闇>を掘り下げてみたいという感覚になります。読んでいて晴々するような感覚ではなく、だからと言って燃えない訳でもなく、ただオノレの今の有り様に、状況に、根本に<直面>させられる感覚と言いますか、そんな感覚が自分を襲います。
また自分の想いの吐露が、他者への呼びかけが、ヘタすると強さを求める事になってはしないか!?と・・・。また何かの幻想(革命とか・・・)に強い力を求めているのではないか!?と・・・。
自省とは何か!?強さとは何か!?
アナキスト和田久太郎さんは言いました、「弱き者よ、その弱さに徹せよ!!」と。
この高橋和巳さんの本を読んだからではなく、色んな「仲間達」との会話の中から、行動を共にする中から、和田さんが吐いた言葉の意味が少し(だけ!?)解るような気がしてきました。
変に強くなろとするよりも(それこそ簡単に吐かれる気合という言葉も)、自分自身の「弱さ」に向き合う事が、その弱さを誤魔化し乗り越えようとするのではなくその事に徹底的に正直に(この正直さが難しいです、つくづく自分自身が思い知らされます)向き合う事が、それを少しでも他者に開示する事が、大切というか、高橋和巳さんの言葉を借りれば「強烈な思想」を創り出す事につながるのではないか!?と、それが<われわれの自治>への動きの思想ではないか!?と思ってます。
またパンク同志の言葉を借りれば、「しつこい叛乱」とはそういう事でもあるのではないか!?と。その事を少しでも実践し合う事が「パンクの力」ではないかと。またその事が「パンクは力」という事ではないかと。
別に「パンク最高!」と身内ノリで、趣味で言っている訳ではありません(笑)しかし!そう思われる方々には、自己正当化せずにしっかり応じるべきだと思います。

高橋和巳さんの言葉で「私を支えるものは文学であり、その同じ文学が自己を告発する」とありますが、自分はあくまで「パンクスであるとは何か!?パンクスになるとは何か!?」と考えるものですから、若輩者がしたり顔で何を言ってんだ!?と思いの方々もいますでしょうが、自分は、文学を<パンク>に、文学者を<パンクス>に当てはめて読んでしまいます。
特に以下の二つの言葉は、<パンク>に当てはまるし、何度も噛み締めたいな~と。敏感にならざるをえない~と。

思想の自由、表現の自由、結社の自由。それがそもそもけしからんのだとは、今のところ誰も言わない。しかし、思想の自由も、表現の自由も、なにも暗い頭蓋の中だけであるのではなく、ひそかに日記や原稿紙にしるされる表現だけを意味するものではない。思想は内部思考とともに行為に外化される過程を当然含み、表現は個人的な言語表現のみならず、身体的表現や集団的表現をも含む。しかも思考の試行錯誤的行為化過程や表現の集団性は、しばしば眼高手低、一見矮小な、つまらないとみえる形態をとらざるをえない。しかし、個別的な場面でのそのつまらなさと、内部で統合されている際の理想性の中間、あるいはその振幅のなかにしか、思想や表現の進展はありえない。思想や表現の自由もありえない。」

他者の抑圧を見すごすことは、ただちに自己の自由の制限につらなることをやがて思い知るであろう。」

この本を読んだ後に、高橋和巳さんが書かれた「暗殺の哲学」という文章がどうしても読みたくなり借りました。
暗殺の政治学はあり、暗殺の美学はあっても、暗殺の哲学は、ほとんど考えられなかったのは、実際に行為者の内面においてばかりではない。」とあるように、
この文章は、<暴力とは何か>という事を追求し、答えなく、問い続けて、他人事としての暴力・権力・問題ではなく、どこまでそれを<オノレの問題>と出来るのか!?と自分は感じました。
結局、自分は深刻そうな顔をして実は目をそらし続けてるのではないか!?と。
でも少しでもそのオノレの弱さに向き合い。その弱さから逃げたくない。

また毎日、のほほん~と過ごしてる自分ですが、高橋和巳さんの言葉を借りれば、
人はふと自分が悲しいごまかしと曖昧化の中に生きていることを感じないだろうか。窮極まで考えをおし進めてゆくと、判断を停止せざるを得ない領域にさしかかってしまい、それを口にすることの恐ろしさゆえに、沈黙し、方向を転換する。」
という気持ちになるのも事実です。
「ただ過程に奮迅すべし」とは解ってるつもりですが・・・。
でもやっぱり「解体」すべきは、そういう解ってるつもりのオノレですね。
そして解体し解体され合う関係性を!!
そこにこそ<われわれの喜び>は生まれ、そこにこそ<言辞としては陳腐、実行としては新鮮なる共に>は生まれるのではないかと。
これは、もうすぐA-cclaimからリリースされる2作品を創る過程において、バンドメンバーやパンク同志に学んだ事です。別にメンバー、同志最高!と言いたい訳ではありませんので(笑)

***また最後に、これはGotchaとしての絶対的な信念ですが、「ヤツラにヒューマニズムなんか求めてません!!」***

そんな最近の音楽は、2つ!!
一つは、CHUMBAWAMBAですが、特にこの「revolution」収録の曲を。


それともう一つは、GODSPEED YOU!BLACK EMPERORのこのアルバムです。

簡単に資本主義から逃れられない、狂気の中にいることを忘れてる(忘れさせられてる)自分達、非人間の世界にいる自分達をインストですが、表現していて、ホントくるものがあります。
このアルバムコンセプトは、「不屈のちっぽけな光 vs 永遠に密集していく闇」です。
不屈のちっぽけな光さえ照らせない今、自分と「あなた」はいかに連結可能なんでしょうか???